出口日出麿の来歴


1. 誕生と青年時代 

  • 出生(1897年):明治30年(1897年)12月28日、岡山県倉敷市に呉服商の次男として誕生(旧名:高見元男)。幼少期より高い霊的感受性を持っていたとされる。 
  • 学問と入信:旧制岡山中学校から第七高等学校(※第六高等学校という説もあり)を経て、京都帝国大学文学部へ進学。学生時代(1919年頃)に大本教へ入信した。 

2. 大本教での活動と結婚 

  • 教団での活躍:京都帝大を中退後、綾部の大本で編集・出版などの事業に奉仕。出口王仁三郎の側近・後継者的存在として頭角を現す。 
  • 直日との結婚(1928年):1928年(昭和3年)、出口王仁三郎の長女であり後に三代教主となる出口直日(なおひ)と結婚。この際、王仁三郎より「日出麿」の名を与えられ、教主補に就任した。 

3. 第二次大本事件と受難 

  • 弾圧と獄中生活(1935年〜):1935年(昭和10年)12月、政府による大規模な宗教弾圧である「第二次大本事件」が発生し、幹部らとともに検挙・投獄された。 
  • 酷烈な拷問:獄中にて特高警察らから苛烈を極める拷問を受け、精神と肉体に深刻な打撃を受けた。1939年に公判手続停止となり責付出所(仮釈放)したが、戦後に至るまで大きな傷痕を残した。 

4. 戦後・晩年と霊的指導 

  • 教主補としての復帰:戦後、事件の免訴判決が出た後、1952年(昭和27年)に直日の教主就任に伴い正式に教主補へ復帰。教主を霊的に支えつつ、万民の霊的救済と伝道に尽力した。 
  • 著述と芸術:思索や悟りから生まれた『信仰覚書』『生きがいの探求』などの著作を残し、多くの人々に影響を与えた。また、筆名「かつらぎぼたえもん」での執筆や、独自の書画・歌でも知られる。 
  • 昇天(1991年):1990年に「尊師」の称号を授与され、翌1991年(平成3年)12月25日、93歳で死去(帰幽)した。 

大本の歴史においては、出口王仁三郎亡き後の教団を霊的な支柱として支え続けた重要人物の一人として位置づけられています。 


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