私たち日本人が抱える「副守護神」のもう一つの姿


副守護神と聞くと、多くの人は「激しい怒り」や「強欲」「暴走する攻撃性」といった荒々しい動物的衝動をイメージするかもしれません。 

しかし、長年「調和」や「空気を読むこと」を最優先にしてきた私たち日本人の内部で働く副守護神は、しばしば「静かな軽鬱(自責・自己否定)」という形をとって現れます。 

  • 防衛本能としての「軽鬱」 集団から排除されることを極度に恐れるあまり、「自分が悪い」「私が我慢すればいい」と自分自身に攻撃性を向け、感情のエネルギーを力づくで抑え込んでしまう。これもまた、生存を守るために過剰に作動した副守護神の「防衛・生存本能」の一種です。 
  • 魂(勇・親・愛・智)の歪み 副守護神の支配が強まると、勇気は「自己犠牲」に、親は「同調圧力」に、愛は「自己否定」に、智は「自分を責めるための理由探し」へと変質してしまいます。 

不完全さを抱える自分を「省みる(直霊の解放)」 

この「静かな不調」や「消えない生きづらさ」を、単なるメンタルの弱さとして責める必要はありません。それは、太古からの防衛反応(副守護神)が、現代社会の過剰なストレスの中で過敏に働いている状態に過ぎないからです。 

重要なのは、**「あぁ、いま自分の副守護神(防衛本能)が過剰に働いている」と、中心にある直霊(なおひ)の「省みる力」**で客観的に気づくことです。 

責めるのではなく、ただ観察し、手放す。 自分の内側にある「不完全さ」を優しく受け入れたとき、副守護神の荒々しい防衛エネルギーは静まり、再び正守護神の高次な導きと一体となった「本来の調調和(harmonizm)」へと戻っていくのです。


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